カズの言葉 3

今を生きる

 94年9月4日。ミラノのサン・シーロ・スタジアムでのセリエA開幕戦。相手は3連覇を成し遂げ、4連覇を目指す王者ACミラン。カズのイタリアデビューである。しかし、それが一瞬にして悪夢に変わるとは誰も予想していなかった。前半28分、セリエAを代表するDFのバレージと激しく接触。前半は気合で乗り切ろうとするが、もはや目も腫れて塞がっていて満足に物が見えてない状態だった。

 カズは前半終了後、すぐに近くの病院へと運び込まれた。鼻骨骨折、全治2ヶ月…。重傷だった。
 恰幅のいいイタリア人の医者は笑顔でこう言った。
「いいかい、ジャポネーゼ…。君の長いサッカー人生を考えれば、これはちょっとの休息だと思えばいいんだよ。」

 カズは医者の顔をまっすぐに見据えながら、流暢なイタリア語で答えた。
 
「先生の言いたいことはすごくわかるよ。僕もこれまでもっと厳しいケガを克服してきた。でもね、僕には時間がないんだ。僕はここでは招かざるゲストなんだ。みんな周りは色眼鏡で僕を見ている。なんだ、こいつは?ってな具合でね。試合中や練習中に僕にボールが回ってこないこともある。
 でも、それは僕にとって些細なことなんだよ。僕は自分にボールが転がってきたら、それを決めるだけの自信があるからね。でも、僕が我慢できないのは、日本人がサッカーできないと思われることなんだ。
 僕は証明したい。僕の力だけじゃなくて、日本人の力を証明したい。結果を出す時間は10ヶ月しかない。その中の1ヶ月を失うというのはあまりにも大きいんだ。
 先生、別に鼻なんかなくてもいいんだ、目さえ見えればいいんだ!
 僕がすぐにプレーできるって診断書、書いてくれないかな…。」

 カズはそこまで言ってから下を向いた。恰幅のいいイタリア人の医者は、これほどまでの熱意を目の当たりにして言葉を失っていた。

 そして、翌日チームに届けられた診断書には全治3週間と書かれていた。 カズは今でもちょくちょくその病院の先生に挨拶に行くという。

 限りある人生の中の、限られた期間、その中の今日というあまりにも短い1日。1日の遅れが即致命的なロスにつながりかねない、今の我々のような切迫した状況下にあっても、カズのような覚悟を持って、日一日を取り組めば、道は開けてくるのではないだろうか。我々にも、転がってきたら決めるだけの能力はある。

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 あとはやるかどうかだ。自分は今日一日、有効に使い切ったか。毎分毎時間限界まで取り組めたか。僕は電気を消しながら自問するのである。

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5 thoughts on “カズの言葉 3”

  1. 今の我々にとっても大変刺激になるエピソードですね。>あとはやるかどうかだ。自分は今日一日、有効に使い切ったか。毎分毎時間限界まで取り組めたか。僕は電気を消しながら自問するのである。全員がこのように考え、取り組むことができたら、道が開けるのだと思います。

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